今年の夏は、また一段と暑いですねえ。
そもそも僕が下田に移住したのは、東京の夏に嫌気がさしたから。
天井からは太陽熱が降り注ぎ、地面からはアスファルトの反射熱。
クーラーなんかよく効かなくなってくる(古かったせいかな)。
第一クーラーも嫌いだ。
散歩に出れば車が騒音をガ鳴り散らして走り、排ガスで空気は黄色くなっている。
くらくらしてくる。しかも夜になってもウダウダネチネチまとわりつくように暑いのだ。
窓を開ければそこは隣だ。
あーいやだ、もういやだってんで、下田に越してきたのが2003年の春である。
爾来、快適、極楽、今年の夏だってクーラー要らずさ。
もとよりクーラーなんかないってか。ヨーロッパでもあるまいし。
でもこれで済んじゃうのだから、下田はいいねえ。でも下田の人は言う。
「ここは下田じゃないみたい」。それ、僕と妻が暮らす家のこと。
入田浜から歩いて十五分。標高七十メートルの森の中に我が家はあるのです。
シイノキを中心に、イチョウ、ヤマザクラなどが上空高くにそびえる。
夏ミカンの木には大きな黄色い実がたわわになり、妻は毎日一個食べている。
家は高床式で東南アジア風、窓が大きく多数あり、寝室からは、ベッドに寝たまま高木の樹幹を下から見上げられるのだ。
テントでキャンプする以上に、森との一体感がある。
ベランダも二階のような一階と、二階に合わせて二つある。二階のような一階というのは、斜面に建った高床式だから。
朝起きる。ベランダで涼しい空気に包まれて、コーヒーを飲み、新聞を読み、朝食をとる。
夏はさっさと仕事に取りかかる。
十時半ころまで二階の書斎で仕事し、暑いから、一階に降りて(五度は違う)、リビングで寝転びながら本を読んだり資料を見たり。
高床式なので、床が冷たくって心地いい。
ランチはさすがに室内でとり、床に大きなバスタオルを敷いて昼寝する。
起きたら夕食の用意をしたり、テレビを観たり、ゴロゴロしていて、三時を過ぎると、海からの涼風が山の斜面を這うように駆け上がってくる。
火照った体がやや鎮まる。この機にもう少々仕事して、午後五時、勇躍、サーフボードを抱えて海まで歩く。
今年は毎日海に行っている。これが基本的下田の暮らしだ。
波が上がればサーフィンし、なければ一時間ほど泳ぐ。
まず海岸近くで下半身を海に浸す。足の先からムズムズっと冷たさが体の中を駆け昇る。
やおら飛び込み、背中や頭も海中に。スーッと沖に向かって背筋を伸ばし、全身で水を感じる。
「気持ちいい!」
いったん立ち上がって息を吸いつつ、必ず声にする。
それから一時間ほど海の中にいる。
十分に体が冷えて、急な登り坂を歩いて帰宅する。
お湯シャワーに水シャワーを浴びてさっぱり、ラジオからは夕方の音楽番組が流れる。
着替えてベランダに出る。
まずは妻と乾杯し、ビールをキューッと一杯、続いで焼酎の麦茶割。
つまみは地物のキュウリにトマト。十分冷やして、いただく。
キュウリは塩とマヨネーズ。トマトは塩コショウにオリーブオイルだ。
それと柿の種とか豆類をちょこっと。
夕闇が迫ると、ヒグラシが、カナカナカナと金属的で涼しげな音を奏で始める。
ヒグラシの音色は、妻がまだ母親のお腹にいた頃に聞き親しんだことから、音にちなんで名前となったそう。
だから「かなこ」なんだって。
蚊取り線香の匂いが立ち昇る。意外に蚊は少ない。
空が徐々に明るい色を失っていく。その前に木々は早くも黒々となる。
風が止まる。その分扇風機を持ってきて補う。
上半身裸のままで、焼酎を飲む。
熱気をはらんだ家の中と比べて、外はいかにも涼しい。セミの音、音楽、波の音も聞こえる。
車の音など聞こえてこない。時々カランと氷の音がする。
グラスの中の麦茶割が空になったしらせだ。
妻がベランダの手すりにろうそくをいくつか灯す。
ほんのりとした明るさに包まれる。
話す日もあれば、互いに黙っている日もある。
森の中に佇み、暗くなった森を見つめる。
たまには美しいタマムシやカブトムシが飛んでくる。
夏は朝も気持ちいいけど、夕暮れもいい。気持ちが落ち着く。
こうして夕食までのひと時を、うっとりしながら過ごすのだ。
海があり、森がある。森があり、海がある。
格別ですねえ。夏の下田ライフは……。
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